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横浜地方裁判所 平成8年(行ウ)26号 判決

平成8年(行ウ)第26号 行政処分無効確認等請求事件(以下「甲事件」という。)

平成9年(行ウ)第8号 行政処分無効確認等請求事件(以下「乙事件」という。)

平成10年(行ウ)第8号 予防的不作為命令等請求事件(以下「丙事件」という。)

主文

一  本件各訴えのうち、次の各訴えをいずれも却下する。

1  原告有限会社岡本エージエンシーの全訴え

2(一)  原告有限会社岡本造船所の別紙一通知目録記載2から5の各通知の無効確認及び取消しの訴え

(二)  原告有限会社岡本造船所の「被告は別紙二船舶目録記載の各船舶を移動してはならない。」旨の訴え

3(一)  原告堀善船舶興業有限会社の別紙一通知目録記載2(二)の各通知の取消しの訴え

(二)  原告堀善船舶興業有限会社の「被告は別紙二船舶目録記載二から四の各船舶を移動してはならない。」旨の訴え

4(一)  原告aの別紙一通知目録記載3の各通知の取消しの訴え

(二)  原告aの「被告は別紙二船舶目録記載五の船舶を移動してはならない。」旨の訴え

5(一)  原告bの別紙一通知目録記載4の各通知の取消しの訴え

(2) 原告bの「被告は別紙二船舶目録記載六の船舶を移動してはならない。」旨の訴え

6(一)  原告cの別紙一通知目録記載5の各通知の取消しの訴え

(二)  原告cの「被告は別紙二船舶目録記載七の船舶を移動してはならない。」旨の訴え

二  原告有限会社岡本エージエンシーを除く原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求(別紙三請求関係等一覧表参照)

一  原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーの請求

1(一)  (主位的請求) 被告が別紙一通知目録記載1から5の各原告に対してした同目録記載1から5の各通知(以下、複数の通知については「本件各通知」のように、一個の通知については「本件通知」のようにいう。)がいずれも無効であることを確認する。

(二)  (予備的請求) 被告が右(一)のとおり原告らに対してした本件各通知をいずれも取り消す。

2  被告は、別紙二船舶目録記載の各船舶(以下「本件各船舶」という。)を移動してはならない。

二  原告堀善興業の請求

1(一)  (主位的請求) 被告が原告堀善興業に対してした本件各通知がいずれも無効であることを確認する。

(二)  (予備的請求) 被告が原告堀善興業に対してした本件各通知をいずれも取り消す。

2  被告は、別紙二船舶目録記載二ないし四の各船舶(以下「本件堀善船舶という。)を移動してはならない。

三  原告aの請求

1(一)  (主位的請求) 被告が原告aに対してした本件各通知がいずれも無効であることを確認する。

(二)  (予備的請求) 被告が原告aに対してした本件各通知をいずれも取り消す。

2  被告は、別紙二船舶目録記載五の船舶(以下「本件a船舶」という。)を移動してはならない。

四  原告bの請求

1(一)  (主位的請求) 被告が原告bに対してした本件各通知がいずれも無効であることを確認する。

(二)  (予備的請求) 被告が原告bに対してした本件各通知をいずれも取り消す。

2  被告は、別紙二船舶目録記載六の船舶(以下「本件b船舶」という。)を移動してはならない。

五  原告cの請求

1(一)  (主位的請求) 被告が原告cに対してした本件各通知がいずれも無効であることを確認する。

(二)  (予備的請求) 被告が原告cに対してした本件各通知をいずれも取り消す。

2  被告は、別紙二船舶目録記載七の船舶(以下「本件c船舶」という。)を移動してはならない。

(以下、一から五の各2の訴えを「本件各不作為命令の訴え」のようにいう。)

第二事案の内容

一  事案の概要

本件は、被告が、平成八年四月一日施行の横浜市船舶の放置防止に関する条例(平成七年六月五日横浜市条例第二六号。以下「本件条例」という。)に基づき、原告岡本エージエンシーを除く原告らに対しその所有する船舶を移動すべき旨を通知した(本件各通知)のに対し、右原告ら(以下「船舶所有原告ら」という。)並びに本件各船舶のための係留場を右原告らに提供する原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーが、右各通知を不服として、被告に対し、主位的に本件各通知の無確認と予備的にその取消し、さらに本件各船舶を移動してはならない旨を請求した事案である(原告岡本造船所は、船舶所有者及び係留場提供者の両者の立場から訴えを提起している。)。

二  前提となる事実(末尾に証拠等の記載がない事実は争いがない。記載があるものは主に当該証拠等により認定した事実である。)

1  当事者

(一) 原告らと本件各船舶

原告岡本造船所は、船艇の製造、修理、販売等を目的とする会社であり、原告岡本エージエンシーは、船舶所有者を会員とする航行技能、海事知識の向上等を目的とするクラブの運営を行っている会社である。

原告岡本造船所は別紙二船舶目録記載一の船舶(以下「本件岡本造船所船舶」という。)を、原告堀善興業は本件堀善船舶を、原告aは本件a船舶を、原告bは本件b船舶を、原告cは本件c船舶を各所有し、横浜市α先の横浜港港湾区域に属する別紙四図面記載のA水域及びB水域(以下、それぞれ「本件A水域」及び「本件B水域」と、両者を併せて「本件水域」という。)に係留している。

(二) 被告と横浜港の港湾管理権限

横浜港は、港湾法(平成一二年法律第三三号による改正前のもの。以下「港湾法」という。)二条二項に定める重要港湾であり、横浜市は同法三三条に基づく横浜港の港湾管理者であり、被告はその長たる地位にあるものである。

2  本件条例の定め

本件条例一条は「この条例は、公共の水面における船舶の放置を防止することにより、市民の良好な生活環境を保持するとともに、快適な都市環境の形成を図ることを目的とする。」と、八条は「何人も、故なく船舶を放置し、若しくは放置させ、又はこれを放置し、若しくは放置させようとする者に協力してはならない。」と、九条一項は「市長は、船舶を放置し、又は放置しようとする所有者等に対し、当該船舶を係留施設等に移動するよう指導し、若しくは勧告し、又は命ずることができる。」と、一〇条は「市長は、所有者等が前条第一項の規定による指導若しくは勧告若しくは命令に従わない場合又は同条第二項の規定による調査によっても当該船舶の所有者等を確認することができない場合は、第一条の目的を達成するため必要な限度において、当該職員に、当該船舶をあらかじめ市長が定めた場所に移動させることができる。」と定めている(甲一)。

3  被告による本件各通知

被告は、本件条例九条一項に基づき、平成八年五月以降、別紙一通知目録記載のとおり船舶所有原告らに対し本件各通知をした。

三  主な争点(4、5は論点)

1  本件条例は、港湾法の範囲を超える事項を定めたもので、違法・無効であるか。

2  本件条例一〇条に定める放置船舶の移動手続が行政代執行法等の行政上の強制手続に反し違法・無効であるか。

3  船舶所有原告らが、本件水域に本件各船舶を係留する正当な権原を有しない者であるか(また、故なく放置する者であるか。)

4  本件各通知は行政処分か。

5  原告岡本造船所及び同岡本エージェエシーは自己の所有していない本件各船舶に対する本件各通知を争う原告適格を有するか。

四  争点についての両当事者の主張及び論点についての原告らの主張

1  本件条例の地方自治法及び港湾法抵触の有無(争点1)

(一) 原告らの主張

(1) 地方公共団体は、地方自治法(平成一〇年法律第五四号による改正前のもの。以下「地自法」という。)二条二項に定める事務(いわゆる自治事務)に関し条例を制定することができるだけである(地自法一四条、一項)。国のいわゆる機関委任事務は、国の事務であって、自治事務ではなく、国の法令による特別の定めがない限り、条例を制定することはできない。

ところで、港湾の管理及び規制は、港湾法の律するところであり、地方公共団体の自治事務ではない(地自法二条三項二号も港湾については地方公共団体の事務としては掲げていない。)。港湾区域内の水域の管理事務は、元来国の専権事項であり、港湾管理者の長は、機関委任事務としてこれに対処するのである(港湾法三七条一項、五六条の四第一項一号ハ)。

したがって、地方公共団体は、港湾区域内の管理事務について条例を制定することができない。

(2) 仮に港湾の管理・規制に関する事項について条例を制定できるとしても、国の法令と同一の目的で、同一の対象事項について、より高次で強力な管理・規制を加えることは許されない。

この点を本件について見ると、まず、港湾法は、「交通の発達及び国土の適正な利用と均衡ある発展に資するため、港湾の秩序ある整備と適正な運営を図るとともに、航路を開発し、及び保全することを目的とする」ものである(一条)。そして、ここにいう「港湾の秩序ある整備と適正な運営」の内容には、海上交通の手段としてばかりでなく海上レジャーのために海に親しむこと等に関するものも含まれている。

被告は、本件条例の目的が「市民の良好な生活環境を保持する」もので(一条)、地自法二条三項七号の事務(清掃、消毒、美化、公害の防止、風俗又は清潔を汚す行為の制限その他の環境の整備保全)に関するものであり、港湾法の目的と異なる旨を主張する。しかし、港湾区域の海面における放置船舶の問題に関し、港湾法の目的とするところと地自法二条三項七号の目的とするところとは、多少の表現の違いはあっても本質的に別異であるとは解されず、いずれも基本的に海面の環境の整備保全という目的において同一である。

次に、放置船舶に対する管理・規制という対象事項について見ると、港湾法では、開発保全航路上に船舶を放置してはならず(四三条の八第一項)、これについては障害の除去、原状回復を命ずることができる(五六条の四第一項一号イ)とされているものの、港湾区域内の船舶の放置に対する明示の規定はない。これに対し、本件条例は、港湾区域内の放置船舶に対する立入調査、移動命令、費用の徴収等明らかに港湾法には存しない、より高次で強力な管理・規制をして、国民に対し、港湾法よりも一層厳しい義務を課するものである。

よって、本件条例は、港湾区域に適用される限りで港湾法に違反する無効なものである。

(3) このような違法・無効な条例に基づいてされた本件各通知には明白かつ重大な違法があるから、これらは無効確認又は取り消されるべきである。

(二) 被告の主張

地自法二条三項に該当するような固有事務を定める条例は、国の法令が同じ対象を規制している場合であっても、目的が別であれば、当該法令と抵触しない。

港湾法は、自然公物たる海の一部分に港の機能に係わる人工公物を設置して、その管理・運営をする必要に基づいて制定された実定公物管理・運営法である。これに対し、本件条例は、港湾の規制を目的として制定されたものではなく、大量に放置されることになったプレジャーボート(ヨット、モーターボート)等の船舶がもたらす様々な問題(沈船化の温床、係留場付近での違法駐車・早朝からのエンジンの騒音、ゴミ投棄による水域の汚染等)に対処するために、地自法二条三項七号に定める地域の都市生活環境の保全を目的として制定されたものであるから、地方公共団体の固有事務に関するものに該当し、港湾法には何ら抵触しない。

2  本件条例の定める船舶移動の強制手続の違法性の有無(争点2)

(一) 原告らの主張

(1) 行政上の強制執行に関する一般法である行政代執行法は、「行政上の義務の履行の確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、この法律に定めるところによる。」と定めている(一条)ので、法律の根拠なしに条例で独自に行政上の強制執行手段を設けることは許されない。

ところが、本件条例は、法律の根拠に基づかずに独自に行政上の強制執行手段を設けているものであるから、違法・無効である。

(2) また、行政代執行法は、個々の法律にその根拠を定めている場合の他は、行政上の義務の履行の確保の手段として行政上の直接強制を採用することを認めていない。それにもかかわらず、本件条例は、行政上の直接強制を法律の根拠なく条例に採用したものであるから、この点において違法・無効である。

(3) 被告は、本件条例一〇条は行政上の強制執行方法としての直接強制を規定したものではなく、即時強制を規定した旨を主張する。

直接強制と即時強制との違いは、主に、前者が行政上の義務の不履行を前提とし、後者がそれを前提としていない点にあるところ、本件条例一〇条は、同八条の規定により創設された行政上の不作為義務を前提としているから、行政上の直接強制を定めるものである。

仮に、本件条例一〇条が即時強制を定めているとすれば、法治主義に照らし、目前急迫の障害若しくは行政違反の状態を除く必要のある場合、又はその性質上義務を命ずることによってはその目的を達しがたい場合にのみ容認されるものである。ところが、本件条例一〇条は、即時強制を右のいずれの場合にも当たらない船舶の移動について採用したこととなるのであり、違法である。

(4) 右のとおり明白に違法・無効である本件条例に基づいてされた本件各通知には、無効確認又は取り消されるべき違法がある。

(二) 被告の主張

本件条例一〇条は、船舶の放置が大量かつ繰り返し行われる状況にあって、個々の船舶所有者等に移動を命令しそれに従わないときに代執行を行うのでは到底行政目的を達成することができないため、船舶所有者等に事前に義務を課すことなく、かつ、その同意を要することなく放置船舶を移動することができる旨の即時強制を定めたものである。

したがって、本来は事前の指導・勧告等の有無にかかわらず即時に放置船舶を移動することができるところ、本件条例は、できる限り放置船舶の所有者等による自発的な是正を促すべく指導勧告等を行うこととした(同条例九条一項)に過ぎないのであって、命令に従わない場合にも、行政代執行法による代執行に限定されることなく、即時強制として放置船舶を移動することができるのである。

そして、即時強制については、行政代執行法のような法律による一般規定はなく、また条例で規定することを禁ずる法令もない。

したがって、本件条例一〇条に行政上の強制手続の観点からの違法はない。

3  原告らの本件各船舶係留権原又は正当な理由の有無(争点3)

(一) 原告らの主張

(1) 原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーに対する占用許可

被告は、昭和六二年に、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーに対し、港湾法三七条一項一号に基づき、本件A水域及び本件B水域の占用許可をした。

(2) 黙示的占用許可及び占用使用権の時効取得

仮に(1)のとおりでないとしても、被告は、黙示的に(1)と同旨の水域占用許可をした。

また、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーは、それぞれ二〇年間、占用使用の意思をもって、平穏かつ公然と本件水域をヨット係留のために占用使用してきた。詳細は(3)のとおりであるが、横浜市及び被告は、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーによる本件水域占用の事実を熟知しながら、これをとがめることはなかった。右原告らは、平成八年九月九日の本件口頭弁論期日において取得時効を援用した。よって、本件水域の占用使用権の取得時効が成立した。

原告らが従前と同じ態様での占用を続けただけであるにもかかわらず、横浜市及び被告が突然原告らによる占用使用を違法視するようになったのは、本件条例の制定が論議されるようになってからである。このように態度を一変させるのは、信義則上も問題があるというべきであり、被告は、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーに対し、本件水域について黙示の占用許可をしたというべきである。

(3) 黙示的許可又は取得時効の根拠となる主な事情は、次のとおりである。

ア 横浜港木材倉庫株式会社による占用とその意味

横浜市の一部出資会社である訴外横浜港木材倉庫株式会社(以下「木材倉庫」という。)は、昭和一〇年ごろから本件水域及びこれに隣接する水域を占用し、昭和二八年四月一五日付け横浜市港湾指令第一三五号(以下「二八年許可」という。)をもって占用許可を受け、以後も新山下貯木場としての占用許可の更新(以下、まとめて「本件各許可」という)を得てきた。

ところで、本件各許可の名宛人が木材倉庫とされたのは、貯木場の管理者が形式的に木材倉庫であったために過ぎず、昭和二八年の時点で現実に本件B水域においてヨット等のプレジャーボートの管理業務を行っていたのは原告岡本造船所にほかならないところ、二八年許可には筏溜一、二番堀を、翌二九年の許可には同筏溜一番堀を、それぞれ当分の間ヨットの碇けい場とする旨の条項があるから、原告岡本造船所は、本件各許可により筏溜一番堀に相当する本件水域をヨットの碇けい場とする旨の許可を受けていたことと同視できる。本件水域における船舶係留の許可が必要となったのは昭和六三年四月一日以降であると被告が主張していることにかんがみても、本件各許可は、その内容として船舶係留の許可を含んでいる。

イ 原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーによる船舶係留場の提供

原告岡本造船所は遅くとも昭和二〇年代ころから本件B水域を、原告岡本エージエンシーは昭和五〇年代ころから本件A水域(の少なくとも一部)を、それぞれ占用し、プレジャーボートの所有者らに対して本件水域を船舶係留場として提供している。

ウ 昭和六二年度工事

昭和六二年、横浜市は、横浜港港湾計画に基づき、本件水域に隣接する水域(別紙四図面の太線で囲まれた水域)について、浚渫(しゅんせつ)、H鋼杭打設及び桟橋設置の各工事を訴外鋼栄企業株式会社(以下「鋼栄企業」という。)に発注した(以下「横浜市発注工事」という。)。また、横浜市は、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシー、木材倉庫及び訴外藤木企業株式会社(以下「藤木企業」という。)の四社(以下、単に「四社」ということがある。)が本件水域について浚渫及びH鋼杭打設の各工事を鋼栄企業に発注すること(以下「四社発注工事」という。)について許可をした。

横浜市発注工事のされる隣接水域と本件水域とが同じ深さに浚渫されるのでなければプレジャーボートの整理に不具合であることから、横浜市は、横浜市発注工事と四社発注工事との事前調整を行った上、四社に対して磁気探査及び浚渫土砂の投棄費用を免除し、工事期間中の仮の係船場所を斡旋する等の便宜も図っている。このように、四社発注工事は横浜市及び被告の許可・指導・要請に基づき行われたものにほかならない。そして、H鋼杭等の半永久的係留施設の建造を目的とする四社発注工事を四社に許可し施工させることは、とりもなおさず、四社に対する水域占用許可をし、これを容認したものと見なければならない。

(4) 船舶所有原告らの権原

原告堀善興業の代表者のdは、昭和六〇年五月ころから、個人として原告岡本造船所と係船契約を締結し、本件水域に管理艇を係留している。dは、その後、原告堀善興業を設立して、本件水域の利用を継続している

他の、船舶所有原告らも、同様に原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーと契約をして、本件水域を利用している。

(5) まとめ

したがって、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーは本件水域を占用使用する権利を有し、又は、少なくとも「水域占用許可を受けた者に準ずる権利」若しくは「行政庁が特段の配慮を払うべき個人の利益」を有する。したがって、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシー並びに船舶所有原告らは、本件水域に本件各船舶を置く「正当な権原」(本件条例二条二号)を有する者であって、かつ、「故なく船舶を放置し」(本件条例八条)ている者ではないから、右と反対の要件があるとした本件各通知は、重大明白な違法があり、無効確認又は取り消されるべきである。

(二) 被告の主張

(1) 水域占用許可の不存在

本件水域に船舶を係留するためには、係留施設について港湾法三七条一項一号の水域占用許可を得なければならないが、原告らはもちろん、木材倉庫も右許可の申請すらしていないし、もとよりその許可は受けていない。そして、右許可は、同条二項に定める場合に該当するときはしてはならないとされているので、黙示の許可はあり得ない。

(2) 港湾施設使用条例に基づく許可との異同

二八年許可は、港湾法三七条一項一号に基づく水域占用許可ではなく、横浜市港湾施設使用条例に基づく許可である。昭和二八年当時、当該水域は、港湾管理者である横浜市が整備した貯木場筏溜(港湾施設)であり、その使用についての許可が右使用条例に基づき木材倉庫に対してされたものである。右許可は有効期間を一年として、更新された。昭和二八年から昭和三二年までの許可書に、一、二番堀につき許可期間の範囲内で「当分の間ヨットの碇けい場とする」とするとの記載がされたが、これは、木材の係留・保管を許可する箇所から筏溜の一、二番堀を除外する趣旨である。そのことは、同許可が木材の係留・保管以外の目的での使用を禁じ、木材の係留・保管に関する条件が記載されながらヨットの係留の使用条件についての記載がないことから明らかである。したがって、木材倉庫は、筏溜の一、二番堀を除くその余の筏溜及び保管堀について木材の係留・保管のための使用を許可されたに過ぎず、ヨットの係留は許可されていない。

しかも、二八年許可は木材倉庫に対してされたのであり、同許可の直接の名宛人でない原告らの船舶の係留の正当な権原となるものではない。

そして、貯木場筏溜は昭和六三年に廃止されたので、木材倉庫はその利用権を有しなくなった。原告らは港湾法に違反して本件水域を利用しているのであって、その違法な占用状態が事実上継続しても許可に準ずる権利等が発生することはあり得ない。占用使用権の時効取得の主張は争う。

(3) 昭和六二年度の横浜市発注工事の意味

標記の工事は、みなとみらい二一埋立工事等のために新山下地区の艀(はしけ)の収容隻数を増やす必要が生じ、艀溜として整備するために行われたものである。この工事に関連して港湾局がプレジャーボートを一か所に集めるという決定をした事実はない。

(4) 昭和六二年度の四社発注工事に伴う許可の不存在

四社発注工事の内容は知らない。被告が標記の工事について港湾法上の許可をしたとの事実はない。四社から許可申請がされたという事実もない。

浚渫工事は水域施設の改良に該当するから港湾法三七条一項三号の、H鋼杭打設工事は水域の占用に該当するから同条同項一号の、それぞれ許可を要するところ、被告は四社に対しこれらの許可を与えていない。

また、被告が四社発注工事期間中に四社に対して仮の船舶係留場を斡旋した事実はなく、横浜市及び被告は四社発注工事に関与していない。

(5) 本件条例八条の「故なく」の趣旨

なお、本件条例八条に定める「故なく」とは、「正当な権原」に基づかなくても災害時の緊急避難等船舶の一時停泊が必要となる場合もあるので、このような場合を「放置」から除外する趣旨であり、原告らのような立場の者の船舶の放置を許す趣旨ではない。

4  本件各通知の行政処分性(論点4についての原告らの主張)

本件条例の指導又は勧告は、特定の個人に向けられたものであり、それがされると、これに従わない個人はいつ何時船舶を強制移動させられるか分からないという危険な地位に立たされる。したがって、指導又は勧告は、個人の法律上の地位に不利益を与えるから、行政処分に該当する。

5  原告適格(論点5についての原告らの主張)

原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーは、前記のとおり水域占用許可を受けたか、これに準じた権利を取得し、顧客にこれを利用させているから、本件各通知により船舶が係留できなくなると、営業が継続できなくなる。したがって、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーは、本件各通知を争う原告適格を有する。

第三当裁判所の判断

一  判断の順序

原告らは、船舶所有原告らの船舶について本件条例に基づいて指導又は勧告をした本件各通知の無効確認請求又は取消請求及び本件各船舶の移動の差止めを求めている。

このうち本件各通知の無効確認及び取消請求については、本件各通知に行政処分性があるかが本案前の論点として問題となるので、まずこの点から検討する。

二  本件各通知の性質(論点4の行政処分性の有無)

1  行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三条二項・四項によれば、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(以下「行政処分」という。)は抗告訴訟によってその無効の確認又は取消しを求めることができるとされているところ、右の行政処分とは、公権力の主体たる国又は公共団体の行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される(最高裁昭和三九年一〇月二九日第一小法廷判決・民集一八巻八号一八〇九頁)。

また、それ自体が直接国民の権利義務を変動させ又は確定するものではない事実行為(以下「先行行為」という。)であっても、切迫した将来に国民の権利義務に変動を及ぼす行為(以下「後行行為」という。)がされる蓋然性があり、かつ、現実にそのような変動状態が現出した後でその変動をもたらした後行行為自体について抗告訴訟を提起することが事実上不可能又は困難である場合には、先行行為が行政処分に当たり抗告訴訟の対象となるというのが相当である。

2  そこで右の見地に立って、本件各通知が行政処分といえるかを判断する。

(一) 本件条例によれば、何人も故なく船舶を放置してはならず(八条)、被告は、船舶を放置し又は放置しようとする所有者等に対し、当該船舶を係留施設に移動するよう指導し若しくは勧告し、又は命ずることができ(九条一項)、所有者等がこれに従わない場合は、一条の目的を達成するために必要な限度において、当該職員に当該船舶をあらかじめ市長が定めた場所に移動させることができる(一〇条)と定められている。

(二) 以上のような本件条例の規定の仕方からすると、本件条例九条一項に基づく指導又は勧告は、私法上の対等当事者間においてはおよそあり得ない行為であり、被告が公権力の行使として行うものであることに疑いはない。

(三) 次に右の指導又は勧告により所有者等の法的地位にどのような影響が生じるかを検討すると、右の指導及び勧告は、それ自体としては船舶の所有者等に船舶の移動を促す事実上の効力を有するにとどまるというべきである。

しかしながら、右の指導又は勧告の後には、被告による船舶の移動措置が予定されており(一〇条)、指導又は勧告(九条一項の命令の場合も同様)なしに移動措置が執られることはないので、指導又は勧告(命令も同様)は、移動措置の要件となっている。したがってこの移動措置が被告の裁量に委ねられているとはいえ、指導又は勧告がされると、切迫した将来、市民に対し船舶の移動という法的地位の変動を及ぼす措置が実施される蓋然性は否定できない(甲一一〇ないし一一五)。

しかも、性質上、船舶の移動は、直ちに執行が完了してしまうものである。そのため、本件条例一〇条に基づき船舶が移動させられた後にその移動行為自体について抗告訴訟を提起することは不可能又は困難であるというべきである。

(四) なお、本件条例一〇条の規定の効力については後記のとおり議論があるが、およそあらゆる場合に無効というわけではないので、右のとおり右一〇条の規定の有効性及び内容を前提にして、同条例九条一項の指導、勧告及び命令の性質を判断することに格別の問題はないと解される。

さらに、船舶の移動の直前に改めて別途その旨を通知した事実(甲一〇八・一〇九、乙三三・三四)もあるから、指導又は勧告の時点では船舶の移動が切迫していないのではないかということも懸念されるが、右の別途通知は、本件条例上に直接の根拠規定があるものではなく、本件条例を背景とした事実上の措置であるにとどまると解される(右の乙号証については、条例九条の命令が併記されたものと解されなくもないが、被告の右各乙号証についての証拠説明をも併せると、移動直前の事実上の警告の趣旨と解される。)。したがって、右の別途通知(警告)をもって、本件条例九条一項に基づく指導又は勧告である本件各通知が切迫した時期における船舶の移動をもたらさないということはできない。

3  1の考え方に基づき、2の内容を見ると、本件条例九条一項に基づく指導又は勧告は、それ自体としては権利義務に直接影響する行為ではないが、背後にあって権利義務に影響を及ぼす移動措置の要件となっている上、移動措置自体は争うことができないので、例外的に右指導又は勧告は抗告訴訟の対象たる行政処分にたるというべきである。したがって本件条例九条一項に基づく指導又は勧告を書面にして船舶所有原告らに対してした本件各通知は、それ自体は事実行為であるが、行政処分性を有するというべきである。

4  ちなみに本件条例九条一項に基づく命令は、その内容上被告が船舶所有者等に対して船舶を移動する義務を賦課するものでありそれ自体として行政処分性があるということができる。しかも、右の点に加え、2で述べた指導又は勧告と同様に本件条例一〇条の移動措置の要件となっているという面からも、命令については、行政処分性を肯定することができる。

三  非所有船舶に係る本件各通知を争う原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーの原告適格の有無(論点5)

1  原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーは自己の所有していない船舶に係る本件各通知の無効確認及び取消しを請求するので、次に同原告らがこれにつき原告適格を有するかを検討する。

2  行訴法九条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、同法三六条にいう当該処分の無効等の確認を求めるにつき「法律上の利益を有する者」の意義についても、右の取消訴訟の原告適格の場合と同義に解するのが相当である。(最高裁平成四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号五七一頁参照)

3(一)  そこで右の見地に立って、検討するに、本件条例九条一項において、被告が放置船舶の移動を指導若しくは勧告又は命令すべきとされている相手方は船舶の所有者等であり、ここにいう「所有者等」とは、船舶の所有権、占有権又は使用権を有する者をいう(同二条三号)そして、本件条例のその他の規定を通覧しても、九条一項が保護すべきものとしているのは右の船舶の所有権、占有権又は使用権を有する者の利益にとどまるというほかはなく、船舶所有者等に係留場を提供するに過ぎない立場の者の営業上の利益は、同条項により保護されるべき利益としてはおよそ想定されていないものと解される。

したがって、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーは、船舶所有者等に係留場を提供する者としての立場から自己の所有していない船舶に係る本件各通知の無効の確認又は取消しを求めるにつき「法律上保護された利益」を有しないというべきである。

(二)  また、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーは、原告堀善興業、同a、同b及び同cその他の船舶所有者に対して本件水域のH鋼杭及び網場(あば。桟橋の役割をする木製の渡り板をいう)を貸し渡してマリーナを経営しているから、本件各通知により、右の営業上の利益が失われることがあり得る(甲五八)。しかし、それは、本件各通知の法律上の効果ではなく、本件船舶が本件水域に係留できなくなることによる事実上の影響に過ぎないから、右原告らは、本件各通知により自己の権利を侵害されたものということはできない。

4  以上のとおりであるから、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーは、本件各通知の取消しを求める原告適格を有しない。

四  船舶所有原告らによる本件各通知の無効確認請求の成否

そこで、次に原告適格の認められる船舶所有原告らの本件各通知に関する抗告訴訟について判断する。この中では、最初に、主位的請求である本件各通知の無効確認請求の成否を検討するが、1では一般論を2から4では本件各通知の根拠となった本件条例の規定の適否自体を、5では本件各通知が右規定の要件を満たしたものかどうかを扱う。

1  条例と法令との一般的な関係

普通地方公共団体の制定する条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言とを対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによってこれを決すべきであり、例えば、ある事項について国の法令中にこれを規律する明文の規定がない場合でも、当該法令全体からみて、右規定の欠如が特に当該事項についていかなる規制をも施すことなく放置すべきものとする趣旨であると解されるときは、これについて規律を設ける条例の規定は国の法令に違反することとなり得るし、逆に、特定事項についてこれを規律する国の法令と条例が併存する場合でも、後者が前者とは別の目的に基づく規律を意図するものであり、その適用によって前者の規定の意図する目的と効果を何ら阻害することがないときや、両者が同一の目的に出たものであっても、国の法令が必ずしもその規定によって全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨でなく、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるときは、国の法令と条例との間に何らの矛盾抵触はなく、条例が国の法令に違反する問題は生じ得ないものというべきである(最高裁昭和五〇年九月一〇日大法廷判決・刑集二九巻八号四八九頁参照)。

2  本件条例の条例制定権逸脱の有無(争点1の1)

(一) 原告らは、本件各通知の根拠となった本件条例について、条例制定権を逸脱した違法があるので、本件各通知も無効である旨を主張する。

そこで、本件条例八条から一〇条のとおり放置船舶に対する移動措置を定めることが法律で許された限界を超えることになるかどうかを1の見地から検討する。

(二)(1) 本件条例は、公共の水面における船舶の放置を防止することにより、市民の良好な生活環境を保持するとともに、快適な都市環境の形成を図ることを目的とするものであり(一条)、その内容は、船舶の係留施設等を確保して適正な係留を推進し(三条、四条)、正当な権原に基づかずに公共の水面に放置されている船舶の移動(八条から一〇条)及び保管(一二条)等を規律するものである。そして、環境の整備保全に関する事項は、地方自治体の事務である(地自法二条三項七号)。

これに対し、港湾法は、交通の発達及び国土の適正な利用と均衡ある発展に資するため、港湾の秩序ある整備と適正な運営を図るとともに、航路を開発し、及び保全することを目的とするものであり(一条)、係留施設を港湾施設に位置づけて規律し(二条五項三号)、開発保全航路(二条八項)内における船舶の放置に対しては原状回復命令ができる旨を規定し(一五六条の四第一項一号イ)、また港湾区域内の水域の占用について港湾管理者の許可を要し、違反者に対しては監督処分を発することができると定めている(三七条一項一号、五六条の四第一項一号ハ)。

(2) これらの規定を対比すると、港湾法と本件条例とは、船舶の係留施設及び放置船舶に対する措置という事項に関して、共に規定を設け、規定が併存する状態にあるというべきである。そしてその目的は、港湾法は港湾の秩序ある整備と適正な運営であり、本件条例は市民の良好な生活環境の保持と快適な都市環境の形成であり、観点あるいは重点の置き所が異なっているということになる。

その結果、港湾の秩序ある整備と適正な運営を形成するための措置が船舶の放置を防止することによる良好な生活環境の保持と快適な都市環境の形成をもたらす場合もあれば、他方で本件条例の目的達成のための措置が港湾法の目的達成をもたらす場合もあり、その限度では両者は実質的にみて同一の機能を果たす面があるといえる。しかし、反対に、港湾法の目的達成のための措置と本件条例の目的達成のための措置とが同一の機能・結果をもたらさない場合もある。例えば、本件条例は、プレジャーボート所有者により早朝から港湾区域で発生される車のエンジンによる騒音、違法駐車、ゴミ投棄による海岸付近の水域の汚染といった、海岸付近の水域のみならず港湾付近の地域における環境保全を具体的な目的とするものであり、港湾法の目的の観点から同法が用意した手段からだけでは本件条例の右目的を達成することはできない場合もあると思われる。

(3) 右のとおり、本件条例と港湾法とは、その制定の目的とりわけ機能が重なる面と異なる面とがある。また、港湾の規模、形状及び性格は個々の港湾ごとに異なるものであることからすれば、港湾法は、係留施設の利用関係に関し全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨でなく、その地方の実情に応じて別段の規制を施すことを容認するものと考えられる。

(三) 前記1の考え方に基づき、(二)のとおりの港湾法と本件条例との機能・目的の異同からすると、本件条例が放置船舶に対する措置等を定めることは、条例制定権の趣旨を逸脱して地自法及び港湾法に反するというものではないというべきである。

3  規制手段における条例制定権濫用の有無(争点1の2)

(一) 原告らは、「放置船舶に関する移動について定めた規定は、港湾法上は、開発保全航路についてのものしかないのに対し、本件条例は、放置船舶に対し同法に存しないより強力な管理・規制をするものであるから違法である。」旨を主張する。

(二) そこで、検討するに、港湾法が開発保全航路上の放置船舶の移動について規定しているのは、開発保全航路の開発及び保全が国の機関たる運輸大臣の業務とされ(同法四三条の六)、その目的から放置船舶の移動までを規定する必要があるためであると解される。

これに対し、港湾区域については、港湾法は、放置船舶の移動措置を法自体として定めるまでの必要性を認めず、また、本件条例等の条例が港湾区域についてその目的と必要性から港湾区域における放置船舶に対する移動措置を規定するかどうか、あるいはどの程度の内容を規定することまでが許されるかについて定める必要も認めなかったために、格別の規定を設けていないと解されるのである。元来、前記1のとおり、条例がその目的と性質に照らし、合理的な範囲内で規定を設ける限り、港湾法との間に当然に抵触が生じるというものではないと解されるから、港湾法が港湾区域における放置船舶について規定を設けていないの一事をもって、条例がそれ自体の目的から右放置船舶について規定することをも港湾法が禁止していると即断することは相当ではない。

よって、(一)の原告らの主張は採用することができない。

(三) なお、港湾法が平成一二年三月三一日法律第三三号をもって改正され、港湾区域においても開発保全航路上と同様に放置船舶の移動についての規制が定められた(甲一四五・一四六)ので、原告らはこの点からも本件条例における放置船舶の移動に関する規定は違法である旨を主張する。

確かに、右の改正港湾法一条の目的規定に「環境の保全に配慮しつつ」と追加的に規定され、法律案提案理由に「近年のプレジャーボート需要の増大に伴い、いわゆる放置艇が急増し、放置艇対策の推進が求められている。このような趣旨から、法律案を提案することとした」との記載部分がある。しかし、その一事で、本件条例が条例自体の目的から港湾区域の放置船舶の移動等の措置を定めることについて、旧港湾法が禁止していたと解することはできない。そして、本件各通知は、右改正港湾法成立以前に発せられたものであるから、本件各通知の根拠となった限度における本件条例は、もともと港湾法の右改正とはかかわりないものであり、本件各通知の根拠となった本件条例と港湾法(改正前のもの)との関係は、(二)末尾のとおりに解するべきである。

4  本件条例の行政強制法体系との抵触の有無(争点2)

(一) 原告らは、本件条例の定める船舶の移動手続は行政代執行法等に反し違法である旨を主張する。

(二)(1) 本件条例は、船舶の放置の禁止を定め(八条)、違反した所有者等に対し被告が指導、勧告又は命令をすることができ(九条)、この措置に従わない場合には、被告がこれを移動させることができる(一〇条)としており、行政上の不作為義務の一般的設定、その違反に対する原状回復の履行要請又はその作為義務の個別的設定、右の履行要請又は作為義務違反に対する行政上の強制について定めているということができる。

(2) 次に、右の放置船舶に対する移動に関し、法令がどのような対応をしているかを見ると、該当する個別の規定はなく、行政上の義務の履行一般について定めた法律として、行政代執行法がある。そして、行政代執行法は、行政上の義務の履行に関しては、別に法律で定めるものを除いては、この法律(行政代執行法)の定めるところによるとし(一条)、代替的作為義務についての代執行の手続一般を定めるほかは、特別の規定を設けていない。そして、右一条にいう別の法律の定めとして本件と関係があると思われるものは、開発保全航路における船舶の放置の禁止に関する港湾法四三条の八第一項、右の違反者に対する原状回復等の監督処分に関する同法五六条の四第一項一号イ、河川法上の河川における船舶の放置の禁止(河川法二三条)、その違反者に対する原状回復等の監督処分に関する同法七五条一項等である(ほかに下水道法三八条一項)。

ところで、以上の行政代執行法を中心とした法令上の規定は、行政上の義務がある場合に関するものであり、行政上の義務の履行を前提としない行政上の強制については何ら触れていない。しかし、行政上の義務を課す時間的余裕もないほど緊急である場合において、公益的見地から、私人の身体財産に直接実力を加え、行政がその目的を達成する必要が認められるときもあるので、少なくとも法令の規定がある限り、これを認めるのが相当であり、行政代執行法がこれを禁止していると解するのは相当ではない。現に、例えば、「消防吏員又は消防団員は、消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために必要があるときは、火災が発生せんとし、又は発生した消防対象物及びこれらのものの在る土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる。」(消防法二九条)との規定が設けられているのであり、これに基づき義務の履行を前提としないで行政上の強制が加えられるものである。これは、講学上は即時強制と呼ばれるものである。ただし、放置船舶について即時強制を定めた個別の法令上の規定はない。

(3) 放置船舶の移動をどのような方法で実現するかという面で見たときに、右のように本件条例と法令の定め方には異同があるわけであるが、このような場合の両者の関係についても、前記1の条例と法令との関係に関する考え方を踏まえることが必要である。

そこで、右の見地から検討するに、まず、行政代執行法は、その規定(一条)ぶりからすると、私人に対する強制的な義務の履行手段の持つ重大性及び措置を誤った場合の損害の大きさなどの性質に照らし、行政代執行法か他の個別法律の規定によらなければ、行政上の義務の履行の強制はできないことを原則とする旨を定めていると解するのが相当である。そこで、仮に本件に即して、放置船舶に対する移動措置を行政代執行法の手続に則って行うことができないかを検討すると、代替的作為義務とその違反についての監督処分に関する規定を条例に設け(行政代執行法二条が作為義務の根拠法規には条例を含むとしているから、このようにすれば、代執行は可能となる。本件条例九条一項の命令は、これに該当すると解する余地がある。)、その後に行政代執行法三条に定める戒告と代執行令書による通知をもって代執行をすることが考えられるが、そもそも船舶の一時的移動についての執行を可能とすることが目的であり、私人に対する影響の必ずしも大きいものではないこと、そのため行政代執行法の手続によるまでの慎重さを求める必要が乏しく、反対にそこまでの手続を要求するとかえって時間と経費の無駄になるといった問題があると考えられる。

そこで、次に即時強制との関係を検討すると、行政上の義務を前提としない行政上の即時強制については、法令だけが根拠となる旨を明示的に定めた規定もない上、即時強制といわれるものの性質からしても、法令ではなく、条例を根拠にしてこれを行うことがおよそできないというものではないと解される。そうすると、少なくとも次のような要件を満たす場合には、条例に放置船舶に対する措置について規定を設けることも許されると解するのが相当である。すなわち、関係する法律に放置船舶に対する即時強制に関する規定はないけれども地域に固有の問題に対処するための制度を設ける必要性が高いこと、船舶の一時的移動についての執行を可能とすることだけを目的とし、私人に対する影響の必ずしも大きいものとはしないこと、そのため行政代執行の手続によるまでの慎重さを求める必要が乏しく、反対にそこまでの手続を要求するとかえって時間と経費の無駄になること、移動措置の方法としては、法令が他の場合に設けている即時強制の制度に準じた手段によること、以上のような要件が満たされるならば、例外的に条例により移動措置に関する規定を定めることもできるというべきである。

(4) このような観点から本件条例を見ると、本件条例の定めは、放置船舶に対する措置であり、その目的は地自法で定める自治体の事務を実現するためであり、近時のプレジャーボートの増大に対処するためにその必要性が高いものであること、このような場合に適用できる規定は関係する法律には定められてはいないこと、本件条例が定める措置は放置船舶の一時的な移動であり、それによる私人の財産的な損失は船舶の一時的な使用不能と移動費用の支払であって、重大な財産的な損失とまでは必ずしもいえないこと、放置船舶の移動を行政代執行法による手続で処理することは不必要に煩瑣であるという面があること、本件条例の定める執行手続の内容は、指導、勧告又は命令を発した後にこれに応じない者の船舶について移動措置を講ずるというもので、履行要請を事前に行うことを要件としたいわゆる即時強制の方法であり法令が個別に定めている即時強制の制度あるいはそれに準じたものということができること、これらを総合すると、本件条例の定める移動措置の内容及び手続が行政強制の法体系に抵触して許されないというのは相当でない。

また、本件条例は、移動措置を講ずる前に指導勧告又は命令を発することとされており、かつ、前記のとおりこれらを行政処分として裁判上争うことができると解するので、本件条例の定める移動措置は、事前の履行要請(と場合によっては司法判断)の時間を予定する分、高度の緊急性に欠ける面があるとはいえる。通常、即時強制が予定される場合というのは、高度の緊急性があり、履行要請を課している余裕もないという場合であると思われるが、少しでも余裕があるときには、まず履行要請等を課すべきであって、いきなり即時強制を実施するのを避けることはむしろ望ましいことである。また、移動措置(即時強制)の前にその要件として履行要請を介在させても、緊急性の高い事案においては履行要請に引き続き直ちに移動措置を実施することもできるので、適宜な措置が採ることができなくなるというおそれはない。したがって、本件条例の定める制度は、緊急性がないのに即時強制を認めるものとの非難を受けるほどのものではなく、また本来行政代執行法の手続に従って行うべきものを潜脱したとの非難を受けるほどのものでもないというべきである。

(5) ただし、本件条例における履行要請及び移動措置についての要件が共に極めて裁量の幅の広いものとなっている点は、別記の消防法二九条のような緊急性の高い即時強制についての規定を持ち出すまでもなく、問題があると感じられる。すなわち、本件条例八条から一〇条によれば、放置船舶ならいかなるものでもいかなる場合であっても、指導、勧告又は命令を発することができ、この手続を終了していれば、本件条例一条の目的を達成するのに必要な限度において、移動措置を講ずることができるという規定の仕方となっているところ、同条の目的は、公共の水面における船舶の放置を防止することにより、市民の良好な生活環境を保持するとともに、快適な都市環境の形成を図るというものであり、具体性に欠ける面があるといわざるを得ない。

沈船の危険のあるものか、早朝から船舶所有者等が車のエンジンによる騒音を海岸周辺住民にもたらすものかどうか、右所有者等が海岸にゴミ投棄を行い、海岸を汚染させるものか、違反の反復性の有無、これまでの係留に関する経緯、といった船舶放置の態様、生活環境及び都市環境に及ぼす悪影響の有無・程度(移動の必要性の度合)、移動すべき係留場所の確保の難易等を考慮して、合理的な適用基準と実施順序とを設けて、本件条例が適用されるようにする必要があると思われる。

また、指導、勧告又は命令の三者がどう異なるのか、それらに移動の期限は付けないのかという点にも運用における広範すぎる裁量を感じる。

したがって、このような要素を全く考慮することなく指導、勧告がされたというのであれば、場合によっては、裁量権を逸脱した違法を来すこともあり得るというべきかもしれない。そのような点は、必要に応じて解釈で補って運用していくべきではないかと解される。

(三) いずれにしろ、本件条例の移動措置に関する規定が行政強制の法体系に反して当然に違法・無効である旨の原告らの主張は未だ認めるには足りない。

5  船舶所有原告らの本件各船舶係留権原ないし正当な理由の有無(争点3)

3及び4のとおり、本件各通知の根拠となった本件条例が原告ら主張のように直ちに無効というわけではないので、次に本件条例九条一項を適用してした本件各通知に要件適用上の誤りがないかどうか、すなわち被告が本件各通知において、船舶所有者等が船舶を故なく放置したと認定したことの適否を検討する。

(一) 四社発注工事に伴う原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーに対する水域占用許可の有無

(1) 原告らは、被告が昭和六二年の標記の工事の際に原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーに対して港湾法三七条一項一号に基づき本件水域の占用許可をした旨を主張するので、この点を検討する。

証拠(甲一一七、証人e。その他の証拠は適宜末尾に略記する。)によれば、昭和六二年の横浜市発注工事及び四社発注工事並びにこれに至る経緯について、以下の各事実が認められる。

ア 木材倉庫は、昭和一〇年ごろから、横浜市α先の横浜港港湾区域に属する本件水域及びこれに隣接する水域を占有し、横浜市港湾施設使用条例に基づき、昭和二八年からは一年間単位で新山下貯木場としての占用許可を得てこれを更新してきた。右許可による水域の範囲は、時を経るに従い狭められ、最終的には本件A水域の一部となり、昭和六三年三月三一日をもって、終了した。

木材倉庫は、右の施設使用条例に基づく許可が昭和六三年三月三一日をもって打ち切られることを聞き及んでもいたので、右許可の終了を間近に控えた昭和六二年一〇月ころ、本件水域において所有していた網場を有効活用することを考え、新規にプレジャーボートの係留(マリーナ)事業に参入することを計画した。

イ 原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーは昭和六二年ころまで長年にわたり、木材倉庫が占用許可を得た水域において、木材倉庫との間で明示的な契約書を取り交わすことなくプレジャーボートを船舶所有者らに係留させていた(甲四六・四七・五八・一二四)。

ウ また、藤木企業は、昭和六二年ころ新山下地区の港湾区域(本件水域ではない。)でプレジャーボートを管理していたところ、近隣に艀溜ができるなどしたため接触事故を防止する必要に迫られていた(甲八三、甲九一の一・二)。

エ 他方、横浜市は、横浜港港湾計画に基づき、みなとみらい二一埋立工事のため、新山下地区の艀の収容隻数を増やす必要から、昭和六二年、本件水域に隣接する海側の水域(別紙四図面の太線で囲んだ部分)について、浚渫(しゅんせつ)及び桟橋設置の各工事を鋼栄企業に発注した(横浜市発注工事。乙三五、証人f)。

オ 前記ア、イ及びウの各事情にあったため、原告岡本造船所、同岡本エージエンシー、木材倉庫及び藤木企業の四社は、本件水域におけるプレジャーボートの係留を容易とし、その効率的な利用を可能とするために、横浜市港湾局職員との話し合いも持った(甲一二四、甲一二五、証人e、証人f)。そして、鋼栄企業が横浜市発注工事の受注者であったことから、四社(ただし、名義は木材倉庫)は、鋼栄企業に対し、本件水域の浚渫、H鋼杭打設の各工事を発注した(四社発注工事。甲三三ないし三五、甲三七、証人e)。

カ また、四社発注工事の施工費用の約二三〇〇万円は、本件A水域に係る約一五〇〇万円を木材倉庫が、本件B水域に係る約八〇〇万円を原告岡本造船所がそれぞれ負担した(甲三七ないし四一、甲一二四)。

キ 木材倉庫及び原告岡本造船所の両社は、以後一〇年ないし二〇年の期間プレジャーボートの係留による営業収益により四社発注工事の費用相当額の回収が可能となると見込み、少なくとも以後一〇年ないし二〇年の期間は、被告から本件水域の占用許可を得られるものと期待し(甲八二)、竣工後、木材倉庫は横浜市に対し占用料の支払を申し出たが、市港営部港営課の担当職員は、市が占用料を受け取ることを拒否した(乙三五)。

以上の各事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(2) 右に認められる各事実によれば、四社による本件水域の改良工事の計画は、当時横浜港港湾計画を推進し、隣接水域で同様に浚渫、H鋼打設工事を先行させていた横浜市にとって、同時期に隣接する水域で同種の目的で同種の工事を同一企業(鋼栄企業)に発注するということであるから、諸々の観点から関心の高いものであったと推認することができる。そして、四社発注工事には市職員が一定程度関与している事実をうかがわせる証拠(証人e)もある。したがって、横浜市及び被告が四社発注工事に事実上何らかの関与をしていた面はあるというのが相当であり、反対趣旨の被告の主張は、およそ関与がない旨の趣旨であれば、やや形式的あるいは表面的なものといわざるを得ない。(なお、横浜市が鋼栄企業に対し、四社発注工事の磁気探査費用及び浚渫土砂の投棄費用を免除させる旨を約束したかの如き記載のある証拠(甲四二・八三)及び、四社に対して、氏名不詳の職員において工事期間中の仮の係留場所も紹介した旨の記載のある証拠(甲八二・一二四、証人e)もあるが、伝聞、あるいは成立の不明のものもあり、加えて反対証拠もあること等に照らすと、右記載の証拠までを直ちに採用することは相当ではない。)

(3) 右のとおり、被告側の何らかの事実上の関与を認めるのが相当ではあるが、右に述べたことと改良後の本件水域の利用関係をどうするかは別問題である。まず、占用許可には明示のものでも短期の期限が付されるのが通常である(証人f)ところ、四社発注工事のころに原告岡本造船所及び同岡本エージエンシー又は四社のいずれからも本件水域の占用許可について明示の申請もないし、もとより明示の許可もない。また、被告は竣工後に占用料を受領しないとの態度を表明しており((1)のキ)、ここに占用不承認という被告の意思が明白に見られる。さらに、被告は、四社による本件水域の占用に対し、平成七年ころ以降は、異議を述べている(証人e)。したがって、被告は、昭和六二年の四社発注工事のころに、原告らの本件水域の使用を知りながら異議を述べていないとはいえるが、これをもって黙示的に原告らの本件水域の占用を容認したとまでは認められないし、工事後の四社による本件水域の占用使用を被告が許可したということはできない。

(二) 原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーによる取得時効の成否

(1) 原告らは、船舶を係留する正当な権原の一つとして本件水域の占用権の時効取得を主張するので、この点を検討する。

(2) まず、昭和六三年ころまでの状況を検討する。

前記(一)(1)アのとおり、被告は昭和六三年まで本件水域の占用権を付与していたが、それは一年単位であり、相手方は木材倉庫である。原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーは木材倉庫から事実上黙認される形式で本件水域に船舶所有者のために船舶を係留させてきたにとどまる。

しかも、占有における所有の意思は、内心の意思によるのではなく、占有取得の原因たる権原又は占有に関する事情によって客観的に定められるべきものであり(最高裁昭和五八年三月二四日第一小法廷判決・民集三七巻二号一三一頁等)、このことは、占有における利用の意思についても同様にいうことができると解される。そして、原告岡本造船所及び原告岡本エージエンシーが、内心の意思とは別に、占有取得の原因たる権原又は占有に関する事情によって客観的に定められる占有の意思をもって利用していたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、まず昭和六三年までにおける右原告らの占有は、占用権の時効取得の前提を欠くといわなければならない。

また、右原告両名が、仮に木材倉庫による一年単位での許可占用における利用の意思を援用するとしても、右占有は一年毎でかつ木材倉庫の占有と評価されるから、これにより右原告両名が時効取得の根拠とすることはできない。のみならず、昭和二八年から昭和三二年までの木材倉庫に対する許可書(甲二一)に一、二番堀につき許可期間の範囲内で「当分の間ヨットの碇けい場とする」との記載がされているが、右許可が木材の係留・保管を目的とし(三項)、木材の係留・保管に関する条件を数多く定めながらヨット係留の条件について定めていないことに照らし、これは、木材の係留・保管を許可する箇所から筏溜の一、二番堀を除外するだけで、ヨットの係留を許可するわけではない趣旨と解される。

(3) 次に昭和六三年以降の状況を検討する。

被告は、昭和六三年以降において、木材倉庫から申出のあった占用料の受領を拒絶しているのであり、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーに占有意思をうかがわせる何らかの客観的な事情は見られないから、この時期の右原告らによる本件水域の占有は、占有の意思をもって利用するものということはできず、時効取得の要件を満たすものとはいえない。

(4) そうすると、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーが本件水域の占用権を時効取得したとは認められない。

(三) 原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーに対する黙示の占用許可の有無

(1) 原告らは、被告が事実上原告らによる本件水域の使用に異議を述べなかったことにより、黙示の占用許可があった旨を主張する。

(2) しかし、被告が原告らの占有に異議を述べなかった時期があることはそのとおりであるが、前記のとおり被告が原告らの占有を積極的に容認したとの事実は認められない。

なお、証拠(乙三五、証人f)によれば、被告が監督処分権を行使するのは、船舶航行上支障になる等港湾管理の面から緊急を要する場合に事実上限られてきたことが認められるところ、そのような処理にも一定の合理性はあるから、本件条例の制定が議論される平成七年ころまで、被告が原告らに対し監督処分権を行使する等して本件水域の占用に異議を述べたことがなかった(甲五〇・一一七・一二七、証人e)としても、その一事をもって黙示の占用許可があったとはいえない。

(3) なお、原告らは、横浜市及び被告が原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーに対する態度を一変させた契機が本件条例の制定にあると指摘して、法律の下位にある法規範の制定により同原告らの状況に変更を加えたとしてこれを問題視する。

しかし、もともと占有権原がなければ、それなりの対応を迫られるのは当然であり、平成七年ころに被告の対応が異なったものとなっても、ある意味で本来の対応がされたということである以上、このような変化を不当視することはできない。

(四) 船舶所有原告らの本件各船舶係留権原の取得の有無

(一)から(三)のとおりであり、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーは、本件水域に本件各船舶を係留する正当な権原を有しないというべきである。したがって、同原告らと契約して本件水域に本件各船舶を係留している船舶所有原告ら(右契約をしていない原告らがあっても同様である。)は本件各船舶を係留する正当な権原を有さず、これを「放置」(本件条例二条二号)しているというべきである。

(五) 本件条例八条の「故なく放置」の要件該当性の有無

なお、原告らは、船舶所有原告らが本件水域に本件各船舶を放置しているとしても、それは「故なく放置」(本件条例八条)したというのではないから、本件各通知はこの点で本件条例に違反し無効である旨を主張する。

しかし、同条にいう「故なく」とは、緊急避難等の切迫した違法性阻却事由がなくて、という意味であり、結局「故なく放置」とは、違法性阻却事由もなしに放置したという意味に解するのが相当である。長期の放置は、係留の権原がない以上「故ない」ものに該当すると解するべきである。原告らの右主張は理由がない。

(六) まとめ

以上のとおり、船舶所有原告らは、権原をもって本件各船舶を係留しているものではなく、いずれも船舶を放置しているといわざるを得ないので、本件各通知は、本件条例上の要件に適合してされたというべきである。

ただし、本件水域は広範であり、住民の居住地域がどの程度の距離と広がりに位置しているかは明らかではないところ、このような水域に船舶を所有する者が早朝から車のエンジン騒音やゴミの投げ捨てで周辺住民の生活環境を害するのかについては、いささか疑問もないではない。もちろん、沈船のおそれはない(弁論の全趣旨)。そうなると放置されているとはいえ、本件各船舶に対する本件各通知が全く議論の余地のない程に適切なものであるかについては、四4のような観点から、意見があるかもしれない。しかし、本件各通知に裁量権を逸脱した瑕疵があるとまでの主張立証はない。

6  小括

1から5のとおりであり、本件各通知に無効事由はないので、船舶所有原告らの本件各通知の各無効確認の請求はいずれも理由がない。

五  船舶所有原告らによる本件各通知の取消しの訴えの成否

次に、船舶所有原告らが予備的に提起する本件各通知の取消しの訴えにつき検討する。

1  出訴期間の遵守の有無

(一) 処分の取消しの訴えは、処分があったことを知った日から三箇月以内に提起しなければならない(行訴法一四条一項)。ところで、

(1) 原告a、同b及び同cらに対する平成八年五月付けの本件各通知につき、同原告らが各取消しの訴えを提起したのは平成九年一月三一日である(乙事件訴状により当裁判所に顕著である)。

(2) 原告堀善興業に対する平成八年八月付け、同年一一月付け、平成九年二月付け、同年六月付け及び同年八月付けの本件各通知につき、同原告が各取消しの訴え(追加的変更の申立てによるもの)を提起したのは平成九年一二月九日である(平成一一年九月一九日の第二三回口頭弁論期日において陳述された平成九年一二月九日付け原告ら準備書面(九)により当裁判所に顕著である。)。

(3) 原告a、同b及び同cらに対する平成八年八月付け、同年一一月付け、平成九年二月付け、同年六月付け、同年八月付け及び同年一一月付けの本件各通知につき、同原告らが各取消しの訴えを提起したのは平成一〇年六月二五日である(平成一〇年六月二九日の第一六回口頭弁論期日において陳述された同日付けの準備書面(二)により当裁判所に顕著である。)。

(二) そして、右記載の原告らは、いずれも右記載の本件各通知があったことを各通知のされた月ころにはそれぞれ知ったと解されるから、右に記載の各訴えは、いずれも三か月の出訴期間を徒過してされたものというほかなく、却下を免れない。

2  原告岡本造船所に対する本件通知及び原告堀善興業に対する平成八年五月付け本件通知についての取消事由の有無

1で却下となる訴えを除くと、標記の二つの訴えについて、本案の判断を要することになる。なお、原告岡本造船所に対する本件通知(平成九年一一月付け)について、同原告の提起した取消しの訴えは甲乙事件における平成九年一二月九日付け原告ら準備書面(九)による訴えの追加的変更申立てによりされているので、出訴期間の遵守に欠けることはないと解される。ちなみに、この訴えは、平成一〇年三月二日に丙事件の当初請求の趣旨にも掲げられて提起されているが、前者の申立ての時点で不服の意思が裁判上明確に表明されているので、これをもって、出訴期間を遵守した訴えの提起があったと認める。

そこで、本案の判断に入るが、右の二つの本件通知について、根拠となった本件条例に無効とすべき違法事由はないこと、本件各通知に本件条例を適用することに無効とすべき事由があるとはいえないこと、そして、右原告らがその船舶を係留する権原がない以上、これを放置しているといわざるを得ないこと、以上はいずれも四で述べたとおりである。これらに照らすと、右各通知を取り消すべき瑕疵はないというべきであり、これらの取消しを求める原告岡本造船所及び同堀善興業の請求は理由がない。

六  本件各不作為命令の訴えの適否

1  原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーの自己所有でない船舶に係る訴えの原告適格の有無

本件各不作為命令の訴えは、行訴法に明示的に定められた訴訟形態ではないが、本件各船舶の強制的移動措置をしてはならないといういわゆる義務付け訴訟であり、広義の抗告訴訟であって(同法三条一項参照)、本件各船舶をめぐる抗告訴訟であるという点で本件各通知に関する訴えと共通する。したがって、これを提起することができるのは、本件各通知に対する訴えの場合と同様に本件各船舶について法律上の利益を有する船舶所有の原告らに限られ、営業利益を有するにとどまる原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーには原告適格はないというべきである。

したがって、原告岡本造船所及び同岡本エージエンシーによる自己所有でない本件各船舶に係る本件各不作為命令の訴えは不適法である。

2  船舶所有原告らの訴えの利益の有無

(一) 次に、船舶所有原告らに本件各船舶を移動しないことを求める訴えの利益が認められるかを検討する。

(二) 行訴法の制度のもとにおいて、将来何らかの不利益を受けるおそれがあるというだけで、事前に右不利益の排除を求めることが当然に許されるわけではなく、右不利益を受けることの確実性及びその内容又は性質等に照らし、右不利益を受けてからこれに関する訴訟の中で事後的に右不利益を課する行為の適否を争ったのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合は格別、そうでない限り、あらかじめ右のような不利益の排除を求める法律上の利益を認めることはできないものと解すべきである(最高裁昭和四七年一一月三〇日第一小法廷判決・民集二六巻九号一七四六頁参照)。

そこで、この見地に立って、船舶所有原告らに本件各船舶を移動しないことを求める訴えの利益があるかを検討する。

(三) 前記二2(三)に述べたとおり、船舶所有原告らが、本件各通知がされた後の切迫した時点において本件各通知に従わないことを理由として本件各船舶の移動という不利益を受ける蓋然性はあるが、その不利益の内容は、船舶所有原告らが一時的に本件各船舶を自由に使用できなくなり、また、横浜市に本件各船舶の移動及び保管に要した費用を納付しなければならないというものである。すなわち同原告らは右移動及び保管に要した費用を納付すれば、再び本件各船舶を自由に使用できる状態になるのである。しかも、その費用は、考え方にもよるが、さほど高額であるとは思われない(甲二)。そうとすれば、同原告らが本件各船舶を移動させられてから、事後的に右移動行為の適否を争ったのでは、回復し難い重大な損害を被るおそれがあるとは認め難いというべきである。

(四) しかも、本件条例は、要件の点であるいは運用の点で改善工夫の余地はあるとは思われるが、前記のとおり無効というべきほどの重大な瑕疵があるというわけではない。そして、他に船舶所有原告らに対して事前の救済を認めないことを著しく不相当とするような特段の事情は格別見受けられない。よって、同原告らに本件各不作為命令の訴えによってあらかじめ将来の不利益の排除を求める法律上の利益を認めることはできず、結局、同原告らの本件各不作為命令の訴えは、訴えの利益を欠くものとして不適法というべきである。

七  結論

以上によれば、船舶所有原告らの本件各通知についての当該所有原告からする無効確認請求並びに原告岡本造船所に対する本件通知及び原告堀善興業に対する平成八年五月付けの本件通知について右各原告からする取消請求はいずれも理由がないので棄却し、その余の訴え((1)原告岡本エージエンシーの各訴え、(2)原告岡本造船所の自己所有船舶でないものに係る本件各通知の無効確認及び取消しの訴え、同原告の本件各不作為命令の訴え、(3)原告堀善興業に対する平成八年五月付けを除くその余の本件各通知の取消しを求める同原告の訴え、同原告の本件各不作為命令の訴え、(4)その余の原告らの各取消しの訴え、同原告らの本件各不作為命令の訴え)は、いずれも不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民事訴訟法六五条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 窪木稔 裁判官 平山馨)

〈以下省略〉

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